「言ったことには責任を持つ 退陣条件で菅首相」
3月11日東日本大震災の時、国会では外国人献金問題で追求を受けていた菅直人。
菅は3月12日早朝に福島第1原発をヘリカメラマンを同行させ、機内で迷彩服姿も撮影し、原発に視察強行した。
この視察により、現場のベント作業に遅れが生じ、爆発に至った疑惑がある。
事実として東電の報告資料には、首相が視察していた時間帯のベント作業の詳細がないという。
視察の間、ベント作業が中断されたか、何も進展がなかったからということを証明しているではないか。
また、SPEEDIの予測図を入手して視察に役立てたという疑惑もある。
菅も枝野も見ていなかったしているが、高木文科大臣は3月12日未明に受領していることを認めている。
避難民の避難経路に役立てようとしなかった高木文科大臣は更迭に値するであろうに、対策本部長であった菅に報告しなかったというのであれば、大問題であるはずなのに、何の処分もしない菅直人。怪しすぎる。
セシウムによる牛肉・農産物問題。帰ることの出来ない避難民。
すべての問題は、原発が爆発したことによる。
何故、福島原発は次々に爆発した?
ベントにいたる真実を告発する関係職員はいないのか!
菅直人首相、東日本大震災発生の11日以降、 非常事態を理由に記者団によるぶら下がり取材に全く応じず。
質疑をほとんど受け付けない国民向けのメッセージを一方的に繰り返すばかりで、極端に質疑を避けていた。
一進一退のベント記録、首相滞在中の詳細なし
東京電力は18日、東日本大震災発生直後から3月15日までの間、福島第一原子力発電所での事故対応を、社員の証言や記録に基づき時系列で記した資料を公表した。// rectangle_start //
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1号機の格納容器の蒸気を放出するベントでは、高い放射線量の下で、中央制御室の当直員が一進一退の作業を繰り返した様子が明らかになった。ただ、菅首相が同原発に視察に来た時間帯については詳しい記載はなかった。
資料によると、震災翌日の12日午前1時半頃、東電が国にベントを申し入れ、了解を得た。東電本店から同原発には、「あらゆる方策でベントしてほしい。午前3時の発表後に行うこと」という連絡が入った。しかし作業は難航。原子炉建屋内の放射線量を測定するため、作業員が二重扉を開けると、白いもやがかかっており、測定を断念。午前4時30分頃には、余震による津波の恐れから、当直員に現場に行かないよう指示が出た。同45分頃になってようやく、作業に必要なポケット線量計と全面マスクが中央制御室に届けられた。
(// date_start //2011年6月19日03時09分// date_end // 読売新聞)

潔白だというのなら、外国人への献金を返金したという領収書を提示せよ。

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